2010年07月24日 明治神宮球場
日大鶴ヶ丘vs日大三
2010年夏の大会 第92回西東京大会 準決勝


勝利の瞬間・岡(日大鶴ヶ丘)
キャプテンの存在
違和感のあるシーンだった。
勝ち越しのランナーが2塁に進んでも、マウンドの日大三・吉永健太朗に声をかけるのは同じ2年生のサード・横尾俊建ばかり。3年生はセカンドの荻原辰朗が声をかける仕草もあったが、大声援で聞こえていないのか、吉永は反応しない。今季は常に主力として試合に出続けてきたショートの吉澤翔吾、吉永にマウンドを譲ってからファーストについている、数々の修羅場を経験している先輩投手の山﨑福也はポジションに留まったままだった。マウンドの2年生をもっと盛り立てたかった。また、主将がいたら違った光景になっていたのかな、と感じていた。
5対5で迎えた14回表、投げ終わった後に体が一塁側に流れることがあるなど、やや疲れが見え始めた吉永は1死から2番の榎本優をカウント1-3からストレートが高目に外れて歩かせてしまう。続く三田一徳の打席で榎本が盗塁を決めて1死2塁。9回から両軍0行進が続いており、6点目を奪って均衡を崩したチームが勝利を大きく引き寄せることは誰の目にも明らかだった。
日大三は11回表の2死3塁、12回表の1死1、3塁、13回表の1死2塁を、日大鶴ヶ丘は11回裏の1死満塁、13回裏の1死1、2塁の危機を凌いできていた。チャンスの後にピンチあり、ピンチの後にチャンスあり。そんな攻防が繰り返されていた。
特に日大三は12回表1死2塁、榎本のセンターへ抜けるかという打球を荻原が横っ飛びで好捕。内野安打となるも失点を防いでみせた。
対する日大鶴ヶ丘の11回裏の守備も見事だった。1死満塁というサヨナラ機に内外野を通常の前進守備よりさらに前に出して打者にプレッシャーをかけたのだ。日大三の打者も積極的にバットを振ってきたが、打球はレフトへの浅いフライで3塁ランナーを還すことができなかった。
ともに絶対に譲らないという気迫の前に、観客は一喜一憂した。再試合の可能性を口にする者も出てきていた。14回は炎天下の中、試合時間が4時間に迫ろうかという状況で迎えていた。集中力を低下させることなく、周囲に目を配ることは容易ではなかったのかもしれない。
14回表1死2塁。カウント2-2から放った三田の打球はライナーでレフト線付近で弾んだ。球場全体が湧き上がる中、3塁塁審は両腕を上に持ち上げながら広げた。ファール。また、球場がどよめいた。緊迫感が覆い被さろうとする中、吉永はそれを振り払おうと力投した。8回表の逆転された直後から2番手として登板している吉永はこの日、最速147㎞/hをマーク。そのストレートはやや球速が落ちてきていたが、それでも力のある球を投げている。ランナーは3塁に進んだが、三田をセカンドゴロに抑えて2死までこぎつける。
4番の石田竜也を敬遠気味に歩かせ、打席には8回裏から先発の岡崎裕一からマウンドを引き継いで好投を続けてきた同じ2年生の岡孟杜。
11回の打席では空振り三振、12回の2死満塁の場面ではセカンドフライにねじ伏せていた。岡での勝負は当然の選択。だが、誤算が生じる。岡にフォアボールを与えてしまったのだ。2死満塁。打席には途中出場ながら8回表に山﨑から逆転2点適時打を打っている中井貴生。気をつけなければいけない相手を迎えて、同じ投手の山﨑や3年生が間を作るかと思われたが、それはなかった。
吉永がマウンドに登るまで、ファーストには主将の大塚和貴がいた。6回に代打で登場し、そのままファーストについていた。しかし、打撃のいい山﨑がマウンドを降りるときはファーストの守備に入る。大塚は本来はキャッチャーということもあるかもしれないが、春の大会での日大鶴ヶ丘戦ではファーストで先発してホームランを放っているようにバッティングに力はある。2点差に詰められた直後での今大会初起用に小倉全由監督もキャンプテンの存在感を必要と感じたのではないだろうか。
前々日の堀越戦は吉永が完投で、山﨑を温存することができた日大三。指揮官は山﨑がこの試合を投げきってくれることを期待していたはずだ。しかし、山﨑が8回に捕まってしまい、大塚をベンチに戻さざるを得なくなった。
対照的に日大鶴ヶ丘の主将・石田は開始からビハインドのときはもちろん、勝利の瞬間までサードで、ときにはスタンドにまで聞こえる大きな声で、先発の岡崎、後輩の岡らナインを鼓舞し続けていた。
それは個々の能力で勝る相手に対して、不可欠な「力」だった。
日大鶴ヶ丘はここ数年、日大三や早稲田実といった選手層が厚く、戦前の予想では劣勢が予想される相手に互角の成績を残してきている。その粘り強い戦い振りの裏には、技術や体力とは違ったチーム力が加わっているのである。また、日大鶴ヶ丘は集中力を養うために、普段の練習でこまめに休憩を挟むようにしているという。そうした工夫も、個の戦力差を埋めることに役立っている。
決勝点の場面。岡はカウント1-1から打ちに行くも、ボールの上を擦った当たりはゴロとなる。吉永がマウンドを降りながら体を目一杯伸ばして力なく弾んだ打球にグラブを出す。だが、ほんの数センチ、届かなかった。ショートの吉澤が前進して捕球したときには投げる場所はなかった。吉永はしばらく動けない。3塁ベンチから伝令役の大塚が走って円を組んだ場所もマウンドの脇のまま。両軍が凌ぎ続けてきた1点の重みを如実に表すシーンだった。
主将の言葉にいま一度、力を振り絞った吉永は東濱翔太をサードゴロに打ち取って最少失点で切り抜けた。だがその裏、日大三は同点のランナーを出すも生還させることはできなかった。
序盤に主導権を握ったのは日大三だった。3回裏に相手エラーを足がかりにヒット2本で先制。5回裏には相手エラーで1点を加えた後に、荻原のバックスクリーンへの豪快な2ランアーチで4対0としている。投げては先発の山﨑が尻上がりに調子を上げて3回、4回、5回は三者凡退。2回は先頭の浅野博文にヒットを許すが、次打者の志賀健悟が初球を打って併殺。5回まで得点圏にランナーを進めさせなかった。
春の大会での日大鶴ヶ丘戦では制球に苦しんで5回途中でマウンドを降りたが、この日は右打者への内角ストレートがよく決まった。センバツ準優勝校がこのまま押し切る、そんな見方が多かったはずだ。ところが、6回表。先頭の9番・岡崎にストレートのフォアボール。1死後からタイムリーと犠飛で2点を失った。さらに8回、2死から4連打で逆転を許してしまう。
5回まで思うような試合展開ができなかった鶴ヶ丘だが、萩生田博美監督は2回に併殺打の志賀はサイン違いだったのか、それとも山﨑と合っていないと判断したのか、その裏の守備から交代させる厳しい采配を揮っている。選手も先制された直後にセンターの三田の好捕。5回に0対2とされた直後にはライトの浅野がダイビングキャッチで長打性の当たりを阻止した。
先発の岡崎は4回あたりから変化球がようやく低目に収まり出し、また巧みな牽制で1塁ランナーの逆をつき、3塁まで進まれてもおかしくないヒットでランナーのスタートを遅らせて2塁で留めたりと、劣勢の中でも一方的な展開にはさせずに、自分たちの流れになるのをジッと待っていた。そして徐々にペースを手繰り寄せ、いつの間にか5分5分の展開に巻き込んだ。
また、この日は2番手の岡の成長も大きかった。8回裏、5対4の1死満塁で出て行って、3番の吉澤をピッチャーゴロで本塁封殺。4番の横尾にはスライダーが抜けてしまって押し出しのデッドボールを与えたが、続く5番の山﨑はレフトフライ。その後、強打の日大三打線に得点を許さなかった。この日のストレートの最速は145㎞/h。ときに三高の打者を驚かせた。
西東京では常にマークされる立場の日大三。この試合で好投した吉永、センバツで経験を積んだ4番の横尾、畔上翔。攻守にセンスの良さを感じさせるキャッチャーの鈴木貴弘。秋以降も日大三を中心に回っていくだろう。だが、着実に力をつけている兄弟校の存在は今まで以上に無視できなくなるかもしれない。
(文=鷲崎 文彦)
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