第28回立教大学野球部 仁平昌人選手 2009年01月27日
第28回独占インタビューは立教大学の仁平選手です。
高校時代、斉藤投手配する早実に唯一土をつけた投手として、また大学も斉藤投手(早稲田大学)と同じリーグの六大学に進んだことから斉藤のライバルとして注目されている投手です
高校時代
【取材こぼれ話】
バッティングは好きだったのでバッティングも野手と全く同じメニューをこなしていましたね。最後の夏は打率450くらい、HRも1本打ちました。
スタッフ(以下「ス」) まず、日大鶴ヶ丘高校に入学したきっかけは?
仁平選手(以下「仁」) 中学時代はショートやっていました。それで、ピッチャーをやりたくて、いくつか学校を見学させていただきました。寮が嫌だったので、家から通える距離で、グランドが学校の近くにあって、野球もそこそこという条件があって、(日大鶴ヶ丘の)監督さんからも、ピッチャーをやったらいいんじゃないかという話をもらって、一般の推薦で高校に入ったって感じですね。
ス では、中学時代は野手だったのですね。
仁 はい、野手です。
ス 中学時代は硬式?軟式?
仁 硬式です。中野シニアでやっていました。
ス なるほど。高校から初めてピッチャーとしてプレーされてみたわけですけど、いきなり中学から未経験のポジションをされたのですがどうでしたか?
仁 練習が180度、違うので、体もついていかないし、中学の時と違い練習が毎日あることで体力的にしんどかったですね。
ス 体力面で中学とのギャップを感じたわけですね?
仁 そうですね。こんなに(練習を)やるんだ!というのはありました。
ス いつごろから高校に慣れてきましたか?
仁 1ヶ月ぐらいはかかりました。4月の終わりになって、1軍に連れて行ってもらえるようになってからはだいぶ慣れたかなって感じですね。
ス 凄いですね。入学して1ヶ月ないうちに?
仁 中学生という形で3月から練習に参加していたので、1ヶ月ちょっとぐらいで慣れてきたという感じですかね。
ス 数多い部員のなかで、1年から1軍というわけだったんですが、なにか特別アピールしたとかは?
仁 アピールとかは特にしてないんですけど、監督が目をつけてくれて。
ス 練習試合等を通じて経験を積んで、いつごろから日大鶴ヶ丘の主戦に?
仁 1年生の秋、3年生が抜けた頃から先発でほぼ全試合投げるようになりました。
ス ちなみに、2年時は春の大会は都大泉に、夏の大会は都昭和 に敗戦していますね。
仁 正直、試合に入る前は大丈夫でしょうみたいな感じでしたが、それがいけなかったと思います。実力はほぼ同じぐらいだったのですが、こっちが勝手に甘く見ていたって感じですね。
ス 逆にそういう経験が最上級生になった時に活きてきたのでは?
仁 そうですね、それはあります。
ス 最上級生になって、春は早実 に勝ち、夏はその早実 に負けてしまうわけですけれども。
仁 いい思い出ではないですけどね。一番印象に残っているっていうか、忘れちゃいけない試合ですよね。
ス 具体的にはどういうようなところが?
仁 流れとしても良くはなかったですよね。シーソーゲームみたいな形で、獲ったら獲られていました。前の試合も延長という形だったので、そこはまあしょうがないとしても、最終回に同点で斉藤を討ち取って、2アウト満塁になった時に、1-1になったんですよ。そのときキャッチャーが最初、インコースを投げるという選択をしてきたのですが、(打者に)当てたらそこで試合終了じゃないですか。それで正直びびってしまい、それを外に変えたんですよ。そこで、(球が)高く入ってライト前に抜かれちゃったんで、そこでしっかり自分達の思った球が投げられていればなあって気持ちがすごい強くありますね。
ス ベストの選択を採れなかったのですね。そういうのが今にも活きている?
仁 そうですね。直感を大事にしたい!最初にピンときたものを大事にしたい!というのはありますね。
ス 今のトレーニングとかもそういった状況を考えてやってるんですか?
仁 そうですね。「自信をもった球を最低1つ、2つぐらいは作らないと」というのはありますね。
ス なるほど。しかし、実際に大学に入られる際には早実 が全国優勝したことは自信になったのでは?
仁 それは凄くありましたね。その前も春の都大会で 日大三と一回やって関東大会でその 日大三が優勝しています。また選抜で優勝した 横浜とも関東大会で試合できているので、全国レベルのチームを見る事ができたという意味ではすごい自信になっていますね。
大学に進学して
ス 立教大学に進学した理由は?
仁 正直なところ第一志望ではなかったです。青山学院大学が希望でした。ただ、甲子園いけなかったんで、野球推薦では厳しいかなっていう話を監督として、じゃ六大学でやりたいですってなった時に一通り試合を見たり、先輩から話を聞いたうえで、立教大学か慶応に絞って。それで、慶応が入るのがすごく難しいって話で、その時たまたま立教大学の監督とお話をさせていただく機会があって、ああいいなーって想いがあったので立教大学にしました。
ス 実際大学に入られて、高校野球と全てが違うと思いますが、一番こういう面が違うなってところはありますか?
仁 練習はそこまでは変わらないですね。試合は高校野球のようにトーナメントじゃないので、試合自体は落ち着くというか、切羽詰った感じがなくなりました。あとそれ以上に違ったと感じるのは、六大学の場合応援団同士が試合をしているような感じなんですよ。(グランドの)中にいると応援されているというよりも、相手に応援で勝とうみたいな雰囲気が出てるんで。そういう意味で最初はすごい圧倒されちゃって。高校の時はみんな「頑張れ、頑張れ」だったんですけど、背中を押されるというよりも、けつをたたかれるって感じで、それがすごいプレッシャーでもあり、違和感を感じました。
高校時代の考えてやる練習が今に活きている
【取材こぼれ話】
冬場はあまり遠投もできないので、フットワークの練習とボールをしっかり捕るという習慣をつける為、後はひじから先でしっかり下半身を運んで投げれる練習、スナップスローの練習の為にセカンドに入ってノックを受けていました。
ス 高校時代と比べ練習自体に変化はでてきましたか?
仁 高校に比べると、(練習を)やらされてるという感じはなくなりますが、やることは本当にきっちりやるし、量自体は自分でしっかりやっていれば変わらないんで、そんなに練習で違うなって思ったことは無いですね。
ス なるほど。実際やっている基本は変わらず、それを自主的に取り組んでいるのですね。
仁 そうですね。ベースが高校の時にできているで。結局自分の調整方法や体調維持とかをたどっていくと、高校時代にやってた一番いい形が自分にあっていますね。
ス 高校時代に自分の調整方法を確立するために、自分で考えて練習をやってたんですか?
仁 ピッチャーって特殊じゃないですか。最初は何もわからない0からスタートなんで、同期や先輩につきっきりで練習につき合わせてもらったりだとか、また中学校の時のコーチとかに相談したりだとかして、自分から手探りで情報をあつめて、やれることを一通りやってみて、月ごとでもやってみて、(自分に)あうものは次もやろうだとか、合わないものは早めに見切りつけてやっていました。
ス なるほど。ということは、比較的に日大鶴ヶ丘 高校時代はご自身のメニューを自分で考えたりしていたんですね。
仁 2年生までは、必要最低限のメニューは出してもらっていましたが、3年なってから全部任せてもらっていたので考える習慣は凄くありましたね。
ス いってみれば自己責任ですよね。
仁 そうですね、駄目なら自分が悪いって感じですね。
ス 同期や後輩のピッチャーは仁平さんとはまた違ったメニューを?
仁 基本は一緒かもしれないですけど、監督からは「お前がメニュー出せ。」みたいなことを言われていたので、一通り必要最低限のやることは言って、自分もやりつつ、あとは機会があれば自分も一緒にやって、こういうことやったらといったアドバイスはしていました。まあ基本は変わらないかな。
ス 凄くいい環境ですね。
仁 今思うとそうですね。当時はなんで?と思っていました。
ス 何で教えてくれないのみたいな?(笑)
仁 教えてもらえれば楽じゃないですか。中学の時は教えてもらえるものだと思っていました。中学の時のピッチャー見ててもそういうもんだと思っていたのですが、入ってみたら、あれ違うなみたいな。すぐに終わってしまうメニューを1個言われて、あとはバッティングやってもいいし、何をやってもいいってところはありました。悪く言うと、ほったらかしです。最初は凄く戸惑ったし、何でこんなにほったらかされているのかなって思いました。でも、今思うとそれが良かったと思います。
ス そうですよね。本人のやる気次第でいくらでも上達できますよね。
仁 そうですよね。
ス なるほど。ちなみに、高校時代って連戦じゃないですか。スタミナをつけるためにどんなトレーニングを考えてやられていましたか?
仁 冬場の練習としては必要だと思うんですけど、中距離や長距離をだらだら走っていても、投げる方向にはつながらないと思います。なので、夏の大会の前の時期は10m、20mの短いダッシュをインターバルで走っていました。一本走るのを一球と見立てて、スタートきって、スタートきってっていうのを繰り返しましたね。 1イニングだったら15球とかで、15本走ります。その時の調子によって15球1セットを9イニングと想定して、ボールを投げるんじゃなく、短距離を走る事で心肺機能や筋肉の瞬発力を強化していましたね。走る事を投げる事と見立てて、それを15球何セットかやるわけですよ。そういうことをして、体を小刻みに単発的に出すっていうのをやってスタミナ強化につなげてました。
怪我を乗り越えて現在の課題と将来像
【写真提供:立教大学野球部 】
ス 仁平選手は秋のリーグ戦で肘を怪我をされたということで、今の怪我の状況は?
仁 だいぶ良くて、今もブルペンに入っています。まだ(捕手を)座らせはしないんですけど、立ち投げぐらいはやったりしてるので、だいぶ大丈夫だなと思います。
ス 今の課題というのは?
仁 今の自分の筋力では今のフォームに耐えられないというか、限界なんで。とりあえずフォームの細かいところを少しずつ変えていって、体の使い方を変えています。また力を全力で出すことができる体作りというのと、それに耐えられる体の動かし方をシャドーピッチングやキャッチボールのなかで考えてやってます。
ス 理想の投げ方に耐えられるような体力をつける事を取り組んでいるのですね。
仁 そうですね。昨年の秋も筋力にひじがついていかない形で、筋断裂という形になってしまったんですけど、結局はそこばっかりで体全部の力を支えていたからそうなったんで、それをいかに分散させられるかというのも考えてやってます。
ス フォーム改造の過程ですが春のリーグ戦には間に合いそうですか?
仁 順調に行けば大丈夫だと思いますが、やっぱり不安はまだありますね。
ス 目指す投手像は?
仁 理想は理想で別にありますが、現実的に考えて自分みたいなタイプだと、上原さんとか涌井さんとかのように、まっすぐのキレで勝負できるようなタイプですよね。あとは、自分の中の一番の理想は桑田さんです。桑田さんみたいなピッチャーになりたいです。怪我後の桑田さんみたいになりたいっていうのはあります。
ス 具体的に桑田さんのどんなところが?
仁 ぱっと見、普通じゃないですか。高校生でもいるんじゃないかっていう。
ス そうですよね、球速ひとつとるにしても。
仁 入団当初はすごかったかもしれないですけど、怪我してからそういう感じだったので。何かしら打てない要因があると思うので、そこでどういう体の使い方をしているのか、そういう部分ですごく尊敬できる部分が多いので。フォームは見てますね。
ス フォームにヒントがあると?
仁 そうですね。他と比べてみて、自分と比べてみてどこが違うのかって結構考えますよね。
ス キレを出すためにはもちろん筋力が必要だと思いますが、あとは何が必要だと思いますか?
仁 1番はボールにどれだけ力を加えられるかだと思いますね。
ス よく、キレのある球は初速と終速の差が少ない球と言われますが、仁平選手の考えるキレのあるボールとは?
仁 要は打ちづらい球って事ですよね。回転が多ければ沈んだとしても打ちづらいですし。結局は体の動かし方ひとつでボールに100伝わるものが50しか伝わらなかったり、いままで80しか伝わらなかったものが、少し変えるだけで100伝わるようになったりするなんですよね。
自分の体を理解して、どう動かすのか、リリースポイントからたどっていって、どんどん遠い箇所から良くしていく事を意識しています。
やっぱりリリースポイントだけを変えるってどう考えても人間不可能じゃないですか。足の着く位置とか、リリースから遠い箇所を変えていった結果として今までのリリースポイントと今のリリースポイントは違うというのはあるかもしれませんが。一連の動きの最後がリリースにつながるものなのですよね。究極体はリリースポイントを一番前で放すということなんですけど、より近づけるために前段階の部分をどうするかっていうので、やはりリリースから遠いところ、例えば足上げ方などの方が人間の意識として誰でも変えられる部分なのでそういうところをいかに合うように変えていくか大事だと思います。
ス 逆算力ですね。
仁 そうですね。ひじを上げろって言われても投げる最中にはひじを上げられないと思うんですよ。だったらひじを上げるために、他の部分もどうしたらいいのか自分なりに考えるのが一番いいんじゃないかなって思います。
ス 確かにそれだけ言われてもわかりませんからね。
仁 そうですね、むちゃくちゃですからね、実際。
ライバルについて
ス よくさまざまなメディアで早稲田大学の斉藤選手とライバルという表現をされていますけど、仁平選手にとってライバルとは必要な存在ですか?
仁 いるに越したことはないと思います。
ス 今ライバルだと思っている選手は早稲田大学の斉藤選手?
仁 そうです。
ス 他にも六大学にはいい選手いっぱいいると思うのですが。
仁 そうですね。同期は特に刺激になりますね。そのなかでも一番先頭にいるのが斉藤だと思うので結局はそうなっちゃう感じですかね。
ス 斉藤選手と比べて自分のほうがここは優っているんではないかと思うところはありますか?
仁 どうなんですかね…
ス タイプとして目指すところは同じなんじゃないですか?
仁 近いですよね。難しいですね。いや、それは勝ってから。
ス では、勝ってからでまた。春のリーグ戦の後に是非またお話を聞かせてください。仁平選手は目標を立てて、努力するタイプですか?
仁 目標は常に変わらないので、努力というよりも今自分がやるべきことをやるっていう考え方です。結局、将来プロになる人でも、今やるべきことはあると思うので、それを1つ1つこなしていった人が自分の思うところにつながると思います。
先だけを見てむしゃくしゃにやるのではなくて、自分は今現在何が必要なのかというのを1つずつ潰していくことが努力という言葉になるのではないのでしょうか。
高校球児にメッセージ
【写真提供:立教大学野球部 】
仁 とにかく考えてプレーして欲しいですよね。やらされる練習のなかでも、どこをどういうふうにしてやればいいのかっていうのを自分で少し考えるだけでも、筋力のつきかたが違いますし、練習に対するもうひと頑張りっていう意味でも違いますし、目標を持って、なぜ今これをやっているのかをしっかり考えてやっていけば、もっと意味のある練習になると思います。
せっかくやるなら自分のためになることをやったほうがいいと思うので、いまが一番腐りやすい時期だと思いますが、そのなかでいかに自分を見失わずに考えて練習できるのかっていうので、たとえレベルは秋からそんなに変わってないとしても考えただけ自分の引き出しが増えていきます。困った時には、自分あの時こう考えてたから体がよく動いたとか自分の引き出しが増える事でできる事が多くなっていくと思うので、何でやっているか、これをやったらどうなのかというのをしっかり考えてやって欲しいと思っています。
ス ありがとうございました。
インタビュー後記
部屋に入ってきた時の第一印象は野球選手にしては小柄だなと。しかし、話を伺ううちに仁平選手の頭の良さ、目標達成の為、どうしたらよいのか、明確に自分なりの方法を持っている選手だなと感じました。
高校時代から、自分からアドバイスを求め、試し、考えて進化してきた仁平投手。今後どのような選手に進化していくのか非常に楽しみです。
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